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【不動山 本明寺】庄内最古の即身仏を安置する寺院

10月の末に羽黒山のいでは文化記念館が主催する「出羽三山・歴史探訪ツアー」に参加してきました。

注連寺→田麦俣→湯殿山神社の日程で講師の方に郷土の歴史を解説して頂きながら旅の予定でしたが、

注連寺さんが休館中だったため、急遽、「不動山 本明寺」さんへ参拝させて頂くことになりました。

本明寺は庄内の現存する最古の即身仏を安置されている寺院です。

今回が初めての参拝で専門家の方や住職のお話が聞けるとあって、私のワクワクが止まりませんでした(笑)

本明海上人と不動山 本明寺

本明寺入り口
本明寺入り口

長い階段の前に大きな石碑が立っています。

「本尊湯殿山大日如来」

「本明海宗和上人即身仏」

と彫られており、その反対側にも「梵字」「湯殿山」と書かれた自然石が建てられておりました。

長い階段を昇り終えると、真っ青のきれいな苔の中に仏像様が並んでいました。

その先にご本尊を祀る本殿があります。

本殿に入ると、山伏の姿のご住職に本明海上人を参拝する前のお祓いをして頂き、

その後、本明寺と本明海上人についてや、即身仏について教えて下さいました。

不動山 本明寺の歴史

本堂
本堂

注連寺の末寺にあたり、檀家を持たない祈祷やお祓いを行う神仏習合のお寺だそうです。

文禄元年(1592)、心月上人によって創建されましたが、戦国時代~江戸時代初期には乱世の混乱に巻き込まれ荒れ果て、荒廃の一途をたどった。

注連寺で出家した本明海上人により復興され、以前の繁栄を取り戻したという事です。

本明海上人ってどんな人?

即身仏堂
本明海上人が安置されている即身仏堂

本明海上人の前職は意外なことに、庄内藩の下級武士だったのだそうです。

39歳の時に、藩主・酒井忠義が眼病に侵されたため、眼病平癒の祈願をするため、他の5人と湯殿山に代参を命じられて、注連寺で祈祷を受けて湯殿山に向かった。

一緒に行った4名はサボって登山しなかったので2人で湯殿山を参拝した。

ところが本明海上人はそこで霊感を受けて、そのまま居残り勤行を続け帰らなかった。

そのため罰として妻子追放など厳しい処分を受けたんだとか。

藩主の病が直るように祈るために残ったのに、妻子追放とか辛すぎる。

そのまま注連寺で出家し行人となった。

その後、本明海上人の功徳が城まで聞こえてきて、罪は許され寺領70石が寄進されたそうです。

遺址「入定塚」と即身仏堂

入定塚

即身仏になるために

本明海上人は即身仏になるべく、

延宝元年(1963)から1,000日の五穀断ち、さらに1,000日の十穀断ち、その上松の薄皮だけを食べて5か月間「木食行」の後、

天和3年(1683)5月8日、61歳で本明寺境に土中入定した。

本明海上人の即身仏姿は、庄内に現存する即身仏の中でも最も古いにも関わらず、損傷が少ないのだそうです。

それは徹底して厳しい修行によって体から脂肪や水分を落とした事による努力の賜物なのだとか。

松の薄皮、絶対まずい。最後の晩餐には・・・考えたくない。

さらに入定後は自ら漆を飲んで防腐処理を施し、

鈴を鳴らしながら読経を続ける。

鈴の音が聞こえなくなった時、亡くなられたことがわかるのだ。

本明海上人は生前こう言い残したそうです。

「私が即身仏になるからにはどんな悩みにも寄り添い、どんな願いも叶えましょう」

非常にお優しいお方だった事が伺えますね。

また、本明海上人が入定した遺址「入定塚」は即身仏堂の裏の林の中に残されています。

当時は杉の木がなかったそうですよ。

その後、信者によって立派な石碑が建立されました。

寄付された方の名前が彫ってあったのですが酒井家方々のお名前もありました。

本明海上人の遺言により、3年3か月後に塚を開くと、即身仏になっていたそうです。

その後掘り出され、即身仏堂に安置さています。

即身仏になられた本明海上人を参拝させて頂きました。

色は白く優しいお顔をされていましたよ。

また藩主酒井公の眼病を治したことから、眼病平癒のご利益があるとされていて、本明海上人の衣が入ったお守りが売られていました。

丑年の12年に一度行われる本明海上人の衣替えで上人が来ていた衣の一部だそうです。

本明海上人が着られる衣は信者の方々の手作りで縫われているのだとか。

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後の即身仏に与えた影響

鉄門海上人の石碑
鉄門海上人の石碑

庄内には現存する即身仏が6体ございますが、昔はもっといっぱいあったはず、とおっしゃられていました。

現在は本明海上人が最古だが、もっと古い即身仏も残すことは容易でなったようだ。

時代ごと訪れる乱世で焼失したり、虫に食われたりという事が珍しくなかった。

また即身仏になるべく入定したが、掘り起こすと腐敗していたり、入定した場所を忘れられたりという事があったのではないか。とのことでした。

本明海上人の甥である忠海上人も即身仏となられて、今は酒田市の海向寺に安置されています。

また本明海上人より約150年後に即身仏になられた注連寺の鉄門海上人は、即身仏になられる前に本明寺で、丑年の本明海上人の衣替えの儀を執り行ったという記録が残っているのだそうです。

即身仏になられた方の中には本明寺にゆかりがある方が多く、本明海上人が即身仏にならなかったら庄内にこんなにも多くの即身仏が残されることはなかったかもしれません。

本明寺の参拝や拝観は要予約です。

お話が聞けたのがすごく良かったし、本明海上人のお姿を見ることができたのは貴重な体験でした。

是非ご予約の上行ってみて下さい。

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周辺情報

七ツ滝公園

七ツ滝 田麦俣
七ツ滝 田麦俣

本明寺を参拝の後は田麦俣の七ツ滝を見に行ってきました。

七ツ滝は日本の滝100選の1つです。

湯殿山参りする行者が滝に打たれて篭り身を清めたと伝えられています。

紅葉はまだでしたが、落差が90mもあり滝の音が聞こえ、公園から滝を見ることができました。

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